レジェンド№ 30GiveMeSport · 09.29QUOTE
ガリー・ネヴィルが、2004年にイングランド代表のストライキを主導しかけた一件を振り返り、当時『国内で最も嫌われた選手』と呼ばれ、28歳で代表生活を終える寸前まで追い込まれたと明かした。
元イングランド代表DFのガリー・ネヴィルが、2004年の代表ストライキ騒動を振り返ったコラムの内容を英メディアが紹介した。

元記事の要約
2004年、マンUのリオ・ファーディナンドがドーピング検査を欠席したとして8か月の出場停止処分を受けた。イングランドFAが聴聞会を待たずに処分を下したことに代表選手たちは反発し、ネヴィルはユーロ2004予選のトルコ戦を前に、代表チーム内でストライキを主導しかけた。
ネヴィルは2011年のコラムで当時を振り返り、自分が『国内で最も嫌われた選手』と呼ばれ、ストライキが全紙の一面を飾り、テレビの10時台のニュースのトップにもなったと記している。当時28歳で、本気で荷物をまとめて代表のホテルを出ることを考えたという。
引き止めたのはマンUのアレックス・ファーガソンだった。『もう言いたいことは言った。試合に出ろ』と諭され、ネヴィルは翻意。その後は代表85キャップを重ね、いまは人気の解説者として活躍している。
本人の言葉2
‘The most hated footballer in the country’ was how they branded me, and the strike made the front pages of every paper.— ガリー・ネヴィル
訳『国内で最も嫌われた選手』——それが俺につけられたレッテルだった。ストライキは全国紙の一面を飾ったよ。
At 28, I would never play for England again.— ガリー・ネヴィル
訳28歳で、イングランド代表では二度とプレーできなくなる——そういうことだった。
原文は下の「ソース元」(GiveMeSport/2026/09/29)からの引用です。 「訳」は当サイトによる意訳で、話し口調に寄せています。発言の全文ではありません。